札幌高等裁判所 昭和29年(う)239号 判決
所論の要旨は、判示石川千代美に申し向けた「お前は白鳥の乾分か、死刑台に立ちたいか」との言辞は、被告人が同人に捕えられんとした際発した咄嗟の言葉であつて、もとより被告人においてその内容を実現し得る可能性は客観的に存しないから、脅迫罪を構成しないというのである。
按ずるに、刑法第二百二十二条の脅迫罪たるには、単に害悪が発生すべきことが通告されるだけでは足らず、その発生が直接たると間接たるとを問わず、行為者がこれを支配しまたは左右し得るものとして通告されることを要するもの解すべく、これ脅迫と警告との区別の生ずる所以である。しかして被告人の申向けたるところは、「お前は白鳥の乾分か、死刑台に立ちたいか」というのであつて、これのみを以てせば、単なる警告を発したに過ぎないかのごとく見えるが、原判決挙示の証拠により認められるとおり、右言辞は、被告人が白鳥一雄方に原判示第一の脅迫状を投げ込むを見て、それと知り、被告人の跡を追つてきた家人石川千代美に向つて発せられたものであつて、右の事実を合せ考えると、その言辞は簡単であるが、相手方をして、被告人自身が直接同人の生命身体に害悪を加えるか、然らずとするも何人かを通じて害悪を加え得る立場にあることを感得せしむるに足り、害悪の告知として客観的に人を畏怖させるに十分であるのみならず、客観的にも害悪発生の可能性なしといえない。しからば、原判決が被告人の所為を脅迫罪に問擬したのは相当であつて、原判決には所論のごとき違法はない。論旨は理由がない。
(裁判長判事 熊谷直之助 判事 水島亀松 判事 笠井寅雄)